2023年、日本の半導体復活の象徴として注目を集める「ラピダス」が、最先端2nm半導体の製造拠点を北海道・千歳市に構えることを発表しました。テンストレントとの提携によるAIチップ製造の中核ともなるこの土地に、なぜ北海道が選ばれたのか?国防的観点、地理的リスク、そして政府の支援体制。さらには海外企業や関係者の反応も含めて、多角的に読み解いていきます。
1. なぜ製造拠点は北海道・千歳なのか?
ラピダスが、次世代2nm半導体の量産拠点に選んだのは、北海道の千歳市でした。北海道って聞くと、「えっ、どうしてそんな遠くに?」と感じる方もいるかもしれません。でも、実はこの選択には、とても理にかなった理由がいくつもあるんです。
まずひとつめは、水の質です。半導体の製造って、ちょっとしたホコリや水の不純物が命取りになるほど、すごく繊細な作業なんですね。だから、製造工程では「超純水(ちょうじゅんすい)」(UPW:Ultra Pure Water)という、徹底的にろ過されたお水がたくさん使われます。
その点、千歳市は地下水が豊かで、水質もとても良い場所です。だからこそ、品質の高い製造ラインを安定して保つにはぴったり。自然条件としてのポテンシャルが高い、というのは見逃せないポイントです。
もうひとつ、大きな理由がアクセスの良さ。地方なのに、新千歳空港から車でわずか15分という立地にあるんです。これは、国内外の技術者や関係企業が行き来するうえで、とても大きな利点ですよね。
さらに注目したいのが、地域全体の動きです。千歳市は、ラピダスの工場をただの“製造拠点”とするのではなく、これをきっかけに「産業都市として生まれ変わっていく」ことを目指しています。雇用や教育、都市機能までを含めた長期的な再生ビジョンが、行政の計画にもちゃんと盛り込まれているんです。
📄 出典:千歳・苫小牧地方拠点都市地域基本計画(千歳市公式)
つまり、ラピダスが千歳を選んだのは、「ちょうど土地が空いていたから」ではありません。水・空港・まちの意志——そのすべてが揃っていたからこそ、未来を見据えた戦略的な立地として選ばれたのだと思います。
2. 地理的にロシアに近いって、大丈夫なの?
北海道の地図を広げてみると、千歳市はロシアのサハリンとそれほど遠くない場所にあります。そんな地理的な位置関係から、「万が一のとき、安全面は大丈夫なの?」と不安に感じる方もいるかもしれません。
たしかに近年は、国際情勢が不安定な話題に触れることも多く、地政学的リスクという言葉もよく聞かれるようになってきました。特に台湾海峡をめぐる緊張などから、アジア全体の安全保障に敏感になっている人も少なくないはずです。
ですが、千歳市には重要な防衛拠点として知られる「航空自衛隊千歳基地」があります。つまりこの地域は、すでに日本の安全保障体制のなかにしっかりと組み込まれている場所なんです。
さらに言えば、こうした防衛インフラが整っているという点は、民間企業にとっても“リスクに備えやすい環境”と言えるかもしれません。工場がもし本当に“守られるべき重要施設”であるなら、守るための体制がある地域を選ぶ——その判断は、むしろ自然なものとも考えられます。
それに、国際的なリスクというのは、北海道だけに限った話ではありません。大都市圏であっても、海沿いであっても、何らかのリスクはつきものです。
北海道・千歳という選択には、「ただ便利だから」や「ただ広いから」だけではない、多角的な視点と覚悟が含まれているのかもしれません。
3. なぜ日本政府はここまでラピダスを支援するのか?
ニュースなどで「ラピダスに国が数千億円の支援」と聞くと、「なぜそこまで?」と驚く方も多いかもしれません。でも実は、これにはきちんとした背景と国の方針があります。
今の日本にとって、半導体は“ただの部品”ではありません。スマートフォンや家電、自動車、医療機器、そして人工知能(AI)や宇宙開発に至るまで。ありとあらゆる産業の中で、半導体は「心臓」のような役割を果たしているんです。
そしてもう一つ重要なのが、経済安全保障という視点。日本政府は2022年に発表した国家安全保障戦略の中で、「先端半導体の安定確保は国家の命運を左右する」と明言しました。つまり、これは“民間企業への投資”というより、“国の土台を守るための政策”という位置づけなんですね。
その中核を担う存在として期待されているのが、ラピダスです。2023年には経済産業省から最大9200億円の支援が公表され、研究開発から量産体制の構築に至るまで、国が強力に後押ししています。
もちろん、国家プロジェクトだからといって成功が約束されているわけではありません。でも、技術・人材・資金、すべてを集結させてチャレンジする姿勢こそが、今の日本に必要とされているのではないでしょうか。
4. 他にも政府が深く支援している民間プロジェクトとは?
ラピダスだけが特別、というわけではありません。実は日本政府は、国家戦略の一環として、他にもいくつかの民間プロジェクトに対して積極的な支援を行っています。
そのひとつが、TSMC(台湾積体電路製造)とソニーグループなどによる熊本での半導体工場建設です。2024年稼働予定のこのプロジェクトには、日本政府が4760億円という巨額の補助金を投入しています。
TSMCは世界最大の半導体受託製造企業であり、その先端技術を日本国内に誘致することで、サプライチェーンの強化と技術継承が期待されているのです。
📄 出典:経済産業省「TSMC熊本拠点への支援に関する資料」
また、「LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)」という研究開発拠点も注目されています。これは、日本国内の産学官が連携し、次世代半導体の技術革新を目指す場として設立されたものです。
経済産業省は、単に工場を建てるだけではなく、「研究から量産、そして人材育成までを一体として支援する」長期的な視野を持った政策を進めています。 こうした複数のプロジェクトが同時並行で動いていることからも、「日本全体で技術を守り、育て、広げていく」という強い意志が感じられます。ラピダスはその中核を担う存在ですが、同時に“点ではなく面”としての再生戦略が、日本では今、着実に進んでいるのです。
5. 海外の反応とテンストレントの狙いとは?
ラピダスと提携したカナダ発の企業「テンストレント」は、AIアクセラレータを開発する注目のスタートアップ。CEOを務めるのは、AppleやAMDで活躍した半導体設計の伝説的エンジニア、ジム・ケラー氏です。
この提携が発表されたとき、海外メディアでも「日本が再び半導体製造に本気を出した」と話題になりました。 ジム・ケラー氏自身も「日本の製造技術と環境には大きな期待を寄せている」と述べ、 あえて“日本のメーカー”と組んだ戦略的な意図が読み取れます。
テンストレントは、NVIDIAやAMDといった巨大企業と同じ土俵で勝負するために、柔軟かつ高速な生産体制を必要としていました。 そうした中で、ラピダスの「最新プロセス対応力」と「日本政府の後ろ盾」は、まさに理想的なパートナーだったと言えるでしょう。
📄 出典:Tenstorrent公式ブログ・CEOコメント(2023年11月)
また、海外メディアの論調にも変化が見られました。 以前までは「日本はもう終わった半導体大国」といった見方もあった中、ラピダスとテンストレントの提携は、 「日本が世界市場に再挑戦するシグナル」として前向きに受け止められています。 今回の協業は、単なるビジネス提携を超えて、“日本×海外スタートアップ”の可能性を象徴するものとして注目されているのです。
まとめ
ラピダスが北海道・千歳に拠点を構えた背景には、自然環境やアクセスといった物理的条件だけでなく、地域の未来構想や国家レベルの安全保障戦略までが複雑に絡み合っています。
そして、テンストレントという海外の革新的企業との連携によって、日本の技術や製造力が再び世界の舞台へと向かう流れが生まれつつあります。
これまで、「日本の半導体はもう終わった」と言われることもありました。 でも実は、静かに、そして確かに、日本は“再起”に向けて動いています。
一つひとつのプロジェクトには、まだ課題も多くあります。 けれど、政府の支援・企業の挑戦・地域の協力——それぞれが組み合わさることで、新しい産業の形が生まれ始めているのです。 未来に向けた挑戦の中に、私たちが気づいていなかった“希望の芽”が、きっとあるはずです。
次回予告
次回は、「なぜ日本の最先端製造拠点が“北海道”に集中しているのか?」をさらに深掘りしていきます。 地理的条件や国防との関係、さらには今後の地方活性化とのつながりまで——ひとつずつ、やさしく紐解いていきます。